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Ohne dich kann ich nicht leben.

きみがいないと生きていけない

A Turtle's heart

寂しくなったサコと慰めてくれる臨也くんのお話

 ざあざあと雨の降る夜の日のことだった。
 わたしは膝をかかえて泣いていた。まるで明日で世界が終わるような、そんな気がして泣いていた。
 昼間のわたしは、我ながらどうかしていたと思う。あらゆる感情を表にだして、最早癇癪を起こしていたと言ってもいいほど激しく心の内を曝け出していた。それだから、何事かと思ってわたしに声をかけた臨也くんに対しても、わたしは普段なら絶対に使わないキツい声音と強い言葉で彼を拒否した。拒否してしまったのだ。
 きみを拒否したわたしを、きみは拒否しないだろうか。わたしはそれが不安だった。わたしが臨也くんを拒否したのと同じように、彼にわたしを拒否されることが怖かった。勝手な話、わたしがどんな態度を取ったところで、臨也くんにはこれまでの態度でいて欲しいのだ。それなのに、わたしは馬鹿だ。自分から見捨てられるようなことをして。
 嗚咽が止まらなかった。臨也くんに見捨てられるのが怖かった。ヒッと喉が鳴る度に、漏れ出る声が抑えられない。部屋の外にも聞こえそうなほど、赤子のようにわんわん泣いていた。
 そのとき、わたしの部屋の扉が三回ノックされた。わたしが無視したままでいると、入るよ、と声が聞こえた。臨也くんの声だ。わたしは、ただ黙って頷いた。臨也くんには見えていないだろうけれど。
 静かに音を立ててわたしの部屋へと足を踏み入れた臨也くんは、散らかったわたしの私物を踏まないようにと慎重にわたしのうずくまるベッドサイドへと来た。臨也くんが、わたしのベッドへ座る。臨也くんが座った分だけ、マットレスが変形する。
 臨也くんはわたしの顔を覗き込むと、手を伸ばしてわたしの頭を撫でた。優しい微笑みだった。
「気にしてないよ」
 臨也くんは言う。
「サコちゃんがそういう病気なのは知ってるし、それくらいのことで折れるほど俺の心は弱くないからさ」
 臨也くんがベッドへと上がる。そして泣いているわたしのことをやんわりと抱きしめた。背中を叩いてあやされて、漏れる嗚咽が少しだけ落ち着く。
「薬を飲んで、今日はもう寝なよ。大丈夫、明日になったらまたいつもの俺たちだ」
 臨也くんの身体がわたしから離れたと思ったら、手首を撫でられ、手を引かれた。わたしは、わたしの手を引く臨也くんの後をとことこついていく。まるで動物みたいだと思った。臨也くんにとって、わたしなど気まぐれな猫かなにかと同じ生き物だと思われているかもしれない。
 いや、そんなことはない。彼は例外を作らない。わたしは人間だ、猫ではないのだ。だから彼の人間愛を享受できる。
「寝る前にコーヒーはやめておいた方がいいね。はい、お薬飲んで」
 臨也くんが手際よく水と薬を用意する。一連の作業に迷いがなくなるほどの時期をわたしたちは過ごしている。
 ぐすん、と涙を流したわたしを、臨也くんは後ろから抱きしめた。
「大丈夫、嫌いになんてならないよ。サコちゃんは人間なんだから」
 彼の少し低い体温に、また涙が一筋流れた。臨也くんが、それを長く白い指先で掬っていく。
 もう遅いし、俺も寝ようかな。なんて言いながらコーヒーを用意する臨也くんは嘘つきだった。今からブラックコーヒーを淹れるなんて、おそらくまだ仕事が残ってるのだろう。でも、わたしは嘘を指摘しない。わたしたちはあくまで互いの介護人なのだから。
「明日起きたら、俺がコーヒー淹れてあげる。だから、ゆっくり休みなよ」
 薬を飲み終えたわたしの手をまた引いて、臨也くんはわたしの自室へと向かった。ベッドにわたしを寝かせ、上から布団をかぶせて、最後に頭を撫でて、何も言わずに出て行った。
 どうしてこんなに優しいのかわからない。こんな風に、誰にでも優しくしているだろうか。それならそれでいい。わたしがちゃんと人間だと臨也くんに認識されている証拠になる。
 冷えた臨也くんの体温が、布団の温かみで失せていく。また一度嗚咽が漏れた。できるならばもう一度、抱きしめてほしかった。そんなこと、絶対に口にはできない。わたしは目をきつくつむった。目尻から一粒、涙がシーツに落ちて濡らした。