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Ohne dich kann ich nicht leben.

きみがいないと生きていけない

アステリズム

第三者に臨也くんとの関係を聞かれたわたしのお話

「へえ、きみが折原くんの介護人なんだ」
 わたしにそう言った白衣の胡散臭い男は、眼鏡の奥の目を細めていた。しげしげと不躾な視線がわたしを突き刺す。
「あの折原くんが一人の女性をそばに置くのは二回目だね。彼には女性をそばに置く趣味でもあるのかな? しかし介護人としてこんなか弱そうな女性一人だけをそばに置くなんて、友人である僕にも驚天動地、驚きだ」
 四字熟語を駆使して話すこの男の名前は、岸谷新羅というらしい。聞くところによると、臨也くんの古くからの友人であるとかなんとか。
「あんまりサコちゃんを困らせないでくれないかい、新羅?」
 困惑するわたしのフォローに臨也くんが割り込んでくる。これは失敬、と言ってわたしかは離れた岸谷新羅という男は、今度は臨也くんの方へと歩を進めた。
「で、ここでの生活はどうなんだい?」
「名古屋もなかなか住みやすい街だよ。人も多いし、人間観察には飽きないさ」
「東京へ戻る気は?」
「今の俺に、東京は危険が多すぎる。戻る気はないね」
 わたしの顔を見ながら、臨也くんは言った。
「俺にはサコちゃんがいるし、東京帰ったらサコちゃんを一人ここへ置いていくことになってしまう」
「珍しい。きみはこちらの女性を気に入っているみたいだね」
「まあね」
東京よりは貧相な、けれど瞬く夜景を見ながら臨也くんは言った。
「彼女、俺がいないと情緒不安定になってしまうから」
「ああ、そう。きみたちは互いに介護しあっているわけだね。それでは、離れようがない。共依存ってやつかな」
「そうかもしれないね」
 わたしはすっかり緩くなったコーヒーを温めなおすか、岸谷新羅に問いかけた。ならば頼むよ、と言った岸谷新羅の言う通り、彼の前に置いてあったマグカップを回収すると、中身を入れ足してレンジにかけた。
 わざわざ東京からきたという彼に、わたしは動揺を隠せなかった。間違っても、臨也くんに東京へ戻るよう説得する素振りをみせようものなら、殺すことも辞さないと思っていた。
 しかし、臨也くんの言葉がわたしを思いとどまらせた。臨也くんの口から、ここから離れるつもりはないと聞けたから、安心だ。  わたしは傍に置いてある精神安定剤をいくつか飲み下すと、岸谷新羅の元へ戻る。湯気の立ったマグカップを渡すと、彼はありがとうと一言わたしに言った。
「サコさん、だっけ?」
 白衣の男が声をかけてくる。
「どうか、臨也のことをよろしくね。彼、すぐ無茶なことするんだよ。よくないことに首を突っ込んでは痛い目を見る。もう彼もこの歳だし、落ち着いてくる頃だとは思うけれど」
 岸谷新羅がそう言うと、臨也くんが彼をじとりと睨めつけた。
「サコちゃんに余計なこと言うのやめてくれないかい?」
「これは失敬。きみが心配だから言うのさ」
「俺はそれを新羅から知らされたサコちゃんの精神状況の方が心配だけどね」
 臨也くんがそういうと、白衣の男は目を見開いて、驚きを全開にして言った。
「まさか、きみの口から他人の心配をするような言葉を聞けるなんて」
「俺はいつでも人間を慈しんでいるんだ。当然じゃないか」
「とりわけ彼女のことは愛してる?」
「否定はしないよ」
 わたしはそれを聞いて嬉しくなって、デパスを取ろうとしていた手を引っ込めた。
「そっかあ、臨也にもそんな人が……」
 わたしを見ながら、白衣の男が言う。
「これからも臨也をよろしくね。あと、時々でいいから臨也と一緒に東京へ遊びに来てほしいな」
 白衣の男が笑った。邪気のない笑みだった。わたしは頷いて、コーヒーを一口すすった。
新羅ーいつ帰るの」
「なんだいなんだい、はるばる東京からやってきたのにもう帰れって? きみは冷たい男だな。そんなに彼女との時間が大事?」
「知らない男が長居することによって彼女の精神状態が悪くなったらどうするんだよ」
「はいはい。邪魔者はおとなしく退散しますよっと」
 白衣の男は残念そうに言うと、上着を羽織った。
「僕もセルティがいる時には臨也を追い出してたけど、追い出される側の気持ちを体験したのは初めてだよ。なかなか虚しいものだね」
 言いながら、彼は臨也くんの手に背を押されて、玄関まで連れて行かれる。
「じゃあね、サコさん! また会おうね!」
「だから、やめろって」
 そんな押し問答が聞こえた後、ガチャリと玄関が閉まって、静寂が訪れた。臨也くんはゆっくりとした足取りで戻ってくると、車椅子に座る。
「悪い奴じゃあないんだ。許してやってくれないかい?」
 臨也くんが困ったように笑ったので、わたしも笑みを返した。
 岸谷新羅。次に会うのはいつになるのかわからないけれど、今度会ったときはもう少し話をしてみてもいいかと思った。