Ohne dich kann ich nicht leben.

きみがいないと生きていけない

コンプリケイション

 臨也くんは、わたしがタバコを口に咥えると、少しだけ嫌そうな顔をする。
「大嫌いな男がその銘柄吸ってたんだ」
 いつの日か臨也くんがそう言っていたのを、わたしはベランダでタバコを吸いながら思い出していた。
アメリカンスピリットメンソールライト。タールは9ミリ。少し重いタバコだ。
「女の子なのにそんな重たいタバコ吸ってるの?」
 そう言ったのも臨也くんだった。わたしは息を吐く。白い煙がもくもくとわたしの前を漂って消える。
 東京で臨也くんの身になにがあったか、わたしはあまりよく知らない。ただ、大きな怪我を負わされた。わたしが知っているのはそれだけ。それ以上を詮索するつもりは毛頭なかった。詮索したところで、過去は過去。今更どうにもならないことだからだ。
「またタバコかい?」
 声がした方を振り返ると、臨也くんがベランダの扉の前にいた。臨也くんは扉、というより窓を閉めると、わたしの方まで近づいてきた。
「最近本数が多くなってないかい?」
「執筆活動してると、どうしても多くなっちゃうんだよ」
「一日一箱。ヘビースモーカーもいいところだ。少しは抑える努力をしたらどうだい?」
「そんなにこのタバコが嫌い?」
 わたしがそういうと、臨也くんは黙り込んだ。おそらく図星だったのだろう。
「わたしは臨也くんに害を成さないよ」
「知ってるよ。そうじゃなきゃ、こうして一緒に暮らしたりはしないさ」
 ベランダに腕をかけながら、ブランケットを羽織った臨也くんが「寒いね」と言って身を震わせた。
「臭いでやっぱり思い出すの? 過去のこと」
「まあ、少しはね。俺にとって、強烈な思い出だからさ」
 臨也くんはわたしがタバコを吸う隣で、空を見上げていた。
「帰りたい?」
 わたしは問う。
「東京。帰りたい?」
 わたしが聞くと、臨也くんは首を横に振った。
「あそこには人がいっぱいいるけど、みんな空虚なんだ。人がいすぎて、みんながみんな個々を保てていないのさ。俺はこの名古屋が好きだよ」
 そう言いながらも東の方面をじっと眺めている臨也くんに、それがわたしを慰めるための嘘だとわかった。
「いつか必ず連れて行くから。東京へ」
 わたしがそう言うと、臨也くんは「たくましいなあ」と言って笑った。
 タバコを灰皿に押し付けて息を吐くと、臨也くんに促されてわたしは室内へと入った。暖かい空間。臨也くんとわたしが暮らす場所。
「俺は君といられたらそれだけで十分だよ」
 そう言った臨也くんに、わたしは心の中で「うそつき」と毒づいた。でも、その優しい嘘がわたしを落ち着かせているのも事実だ。
「さあ、寝ようか。久々にその香りを近くに感じながら寝てもいいかな。一緒に俺の部屋においで」
 臨也くんがわたしの手を引いて歩く。もう車椅子を使わずとも歩いていける臨也くんがいまだここにいてくれる理由がわたしにはわからない。
 その理由がわたしだったらいいだなんて、都合のいいことを考えながら、わたしは臨也くんの隣で眠りについた。明日も、明後日も臨也くんと朝を迎えられることを祈りながら。